インタビュー

interview 監督・脚本=サタケミキオ×俳優=宅間孝行 対談

――   お二人のキャリアの出発点から教えてください
宅間   「もともと役者志望ではなく、大学では準体育会系のサッカーサークルにいてバンド活動も本気でやってました。俳優養成所のポスターにあった“君もスターになれる!”というコピーが目に入り、スターになればCDデビューできるかも、と思ったのが始まりです。気づいたら演じることに夢中になってました」
サタケ   「それで養成所の仲間と劇団『東京セレソン』を旗揚げして、初公演のときの役名が“サタケミキオ”だったんです。01年からは自分が代表になって劇団名も『東京セレソンデラックス』と改名し、自分で作&演出を手掛けるようになりました。役者もやってますから“コイツが書いてるのか”と思われるのが嫌で“サタケミキオ”をペンネームにして。でも今も、書くより演じたいのが本音(笑)」
――   『同窓会』でサタケさんは脚本&監督を担当し、宅間さんは主演ってことですが、映画への興味は以前からあったのでしょうか?
宅間   「もともと自分の立つ舞台が作りたくて劇団の旗揚げをしたくらいですから、映画初主演はとてもうれしいです。やった! と台所で小躍りとかはしないですけど。」
サタケ   「僕は映画少年ではまったくなかったので、監督のお話をいただいてから、映画を観るときにもカット割などを気にするようになりました。映画の音声を消して観て、画の作り方を研究したりして。でも今回、特定の映画を意識したりはしていません。それで役者さんに注文を出すとか、演出の面はふだん劇団でやっているのと変わりませんね」
――   物語の着想はどこから?
サタケ   「自分の劇団のある作品のエッセンスを使ってます。うちの劇団はわりと再演をしたり映像化のお話をいただくんですけど、その作品はそうした可能性は低そうだなと。でもお蔵入りするのは惜しいと思って。具体的な作品名は、教えませんが(笑)」
宅間「南克之というキャラクターも、サタケ自身を投影してるわけじゃないですよね。だいたいこの主人公、格好よくないし(笑)。他の役者さんが演じるなら、もうちょっと格好よくしたかも?」
サタケ   「そう。格好つけてんな! と思われたら嫌だから(笑)」
――   監督をやるにあたり、誰かにアドバイスを求めましたか?
サタケ
  「僕が脚本を担当した『ヒートアイランド』という映画の片山修監督には分からないことをいろいろと聞きました。片山さん以外にもたくさんの人に“現場に行くよ”などと言われ、その場では“じゃあ来てください”と応えたのですがスケジュールは一切教えませんでした。恥ずかしいので(笑)」
――   実際に映画を撮影した感想は?
サタケ   「いやあ監督をやってみてしみじみ思ったのが、役者はラクだなって(笑)」

宅間
  「ああん!?」
サタケ   「いやあ(笑)。役者って待ち時間が長いじゃないですか。待つのが仕事みたいなことをよく言いますけど、今回はその待ち時間を使って一日中、絶え間なく働いた感じです」
――   永作博美さんを起用した理由、共演した印象は?
サタケ   「ずっとウチの劇団の芝居を観に来てくれてて、もともと面識があったんです。僕がやってることを観てくれているというのは、一緒に作品をつくる上でやりやすいんじゃないかなと。とてもステキな方なので、やっていただけてとてもうれしかったです」
宅間   「そうですね。永作さんて、人をホッとさせますよね。一緒にいてごく普通に好きになっていけるので、自然にお芝居ができました」
     
――   どんな映画を目指したのでしょうか?
サタケ   「芝居を作るときもそうですが、お金を払って見に来てくれるお客さんに喜んでもらえればそれでいい。お客さんあってナンボなので。映画は演劇より入場料が安いし、芝居と違ってつまらなかったら途中で出ていきやすいからシビアかも」
宅間   「沢山の人に見てもらえるぶん、評価が直接出るしね」
サタケ   「芝居を作っててもそうだけど、アート性とか前衛とか、そういうことはまったく目指していない人間です。だからこの映画も難しいことは何もない、オーソドックスで純粋に楽しめる作品だと思います」
宅間   「それでお客さんに、もう一度観たいと思ってもらえれば最高ですね」
――   舞台出身で、脚本を書いて、役者をやって、監督もやるというスタイルの方に、三谷幸喜さんや宮藤官九郎さんがいますよね。そうした方たちに続くという意味で注目されていることをどう感じますか?
サタケ   「ちょっとおこがましいので、その比較は止めてほしいくらいなんですけど。たぶん三谷さんも宮藤さんも、僕のことはよく知らないと思うし(笑)」
――   監督をまたやりたいという気持ちは?
サタケ   「またやります、絶対。何でも良いからとにかく撮りたいというんじゃないですけど。一本撮って欲が出てきたってことでしょうか」
――   今後、どの肩書きに重きを置くのですか?
宅間   「俳優(即答)。それは散々アピールしてるのに誰も注目してくれないから、自分からは常にそう言うことにしていますが、やらせてくれるなら何でもやりますよ。(笑)」

1970   長崎県島原市、とぼけた父ひろしと明るい母美佐子との間に生まれる。まさに団塊ジュニア!
1977   地元の小学校に入学。授業中にうんこをもらしたクラスメート文太と仲良くなる。
1983   中学校で利根川一と同じクラスになる。
1986   無事第一志望嵐山高校に合格(文太に入試試験の答案をカンニングされる)。
念願の映画部に入り8mmカメラを手に入れる。
1987   水泳部の雪に一目ぼれし、カメラを手に追い掛け回す。雪に告白を試みる!が
なぜか、島原城でロケをしていた「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「勇気を出して初めての告白」で入山に先を越される。
1988   雪に想いを告げられないまま、悶々としつつ受験勉強。
1989   第一志望の日芸映画学科に補欠合格!映画三昧の毎日。一人で初めての上京。
初めての一人暮らし。
1993   助監督をしながらアルバイトで食いつなぐ毎日。
雪に会えることを期待して同窓会に行ったのに、会えず・・・・。
文太たちとヤケ酒。
1994   ついに雪と再会!! 初デートにこぎつける。頑張ってフレンチ•レストランを予約
1995   映画『裸の王女様』も大ヒット!雪と結婚!島原のチャペルでみんなに祝福され幸せの絶頂!
1998   サウスピクチャーズ創設
2007   イケイケの映画プロデューサーとして、ノリノリ。そして女優と浮気。
そして離婚、そして倒産寸前、すべてを失う・・・・。


 

© 2008「同窓会」製作委員会